山口地方裁判所 昭和29年(行モ)3号 決定
申立人十四名代理人は「山口市議会解散請求者署名簿の署名に関する異議につき、被申立人が昭和二十九年十月二日なした決定は本案判決をなすに至るまでその執行を停止する」との裁判を求め、その理由とするところは、申立人等は何れも山口市議会の議員であるが、訴外高橋忠治は山口市議会解散請求の請求代表者となり二万九千八百九十三名の署名を得て昭和二十九年九月二日その署名簿を被申立人に提出し、被申立人は同月二十一日右署名簿中四千三十八名の署名を無効、その余の署名を有効と決定し、その旨を証明した上同月二十四日右署名簿を縦覧に供した。そこで申立人等は他の四名と共に右縦覧期間中である同月三十日に被申立人に対し右署名簿の署名に関し異議を申立てたところ被申立人はこれについて何等実質的審査をなさず同年十月二日申立人等の異議申立を却下する旨の決定をなした。しかし乍ら申立人等の異議の理由とするところは議会解散請求書に記載の請求の要旨は殆んど全部虚構の事実であつて署名者はすべて右記載の事実を真実であると誤信して署名したものと認められるから該署名は全部詐偽に基くもので無効であるというにあつて、右異議の申立は地方自治法第七十六条第四項第七十四条の二第四項に基く適法なものであるのに被申立人はこれにつき何ら実質的審査をなさず漫然これを署名簿の署名に関する異議申立の理由にならないので却下する旨の決定をなしたのは明かに違法であるから、申立人等は右決定の取消を求めるため同年十月十五日山口地方裁判所に行政処分取消の訴(同庁昭和二十九年(行)第十九号)を提起した。ところが被申立人は右決定に基き解散請求手続の進行を計つているのでこのまま推移すれば解散の賛否投票が施行せられることとなりその投票の帰趨如何によつては議会は解散となる結果申立人等は市会議員たるの地位を奪われることとなつて償うべからざる損害を蒙むるおそれがあるのみならず、右の賛否投票並にその後になさるべき議員選挙を施行するには多額の経費を要するが本案訴訟に於て申立人等勝訴の判決があれば被申立人のなす右異議却下決定以後の手続はすべて効力を失い窮乏せる山口市財政に多大の損失を与えることとなるから、かかる損害を避ける緊急の必要もあるので、本件執行停止の申立に及ぶ次第であるというにある。
そこで案ずるに先ず申立人等は適法な異議の申立をなしたのに被申立人は何ら実質的審査をなさず漫然申立人等の主張は異議申立の理由にならないとして却下したと主張し、申立代理人の提供した昭和二十九年十月二日付決定(写)によれば「昭和二十九年九月三十日右申立人(本件申立人十四名外四名をいう)より提出された別紙異議申立書は(中略)山口市議会解散請求署名簿の署名に関する異議申立の理由とならないので却下する」とあつてその用語いささか妥当を欠く嫌はあるけれどもその意味するところは右異議の申立はその理由がないと認めて却下するというにあると解すべく、右の文言自体から実質的審査をせず漫然却下したものであるとは認められない。そして市議会解散請求の署名簿の署名が詐偽に基くものであるとの理由でなされた異議の申立について市選挙管理委員会が却下の決定をなした場合においては、その署名の目的を偽つて署名を求めたというような事実がありそのため有効な法定数の署名が存在しないと一応認められる場合でない以上、たとえ右却下決定以後解散請求の手続が進行して賛否投票の結果議会が解散するに至り議員がその地位を失うという権益の喪失のおそれがあるとしても、それを以て右異議却下決定がなされたことにより償うことのできない損害を生ずる場合であると言えないから、他に特段の事由がない限り右却下決定の効力の発生を停止することは許されない。本件においては署名簿の署名が詐偽にもとずくものであることについて何らの疎明もなく、また山口市財政に打撃を与えることになるかも知れないとか、申立人等が市議会の議員であるということだけで右決定の執行を停止すべき特段の事由があるとは認められないから本件申立は理由がないものとしてこれを却下することとし、申立費用について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り決定する。
(裁判官 河辺義一 藤田哲夫 野間礼二)